だんごの噂

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運命は決まっているものだと思って生きてきたけど…

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こんにちは。だんキチです。

突然ですが皆さんは「運命」は決まっていると思いますでしょうか?

ちなみに僕はこれまでの人生「運命は決まっている」と思い込んで生きてきました。

しかし、最近「運命って本当に決まっているのかな?」と考え始めたわけであります。

「運命は決まっている」と思うと楽になる

僕が今まで「運命は決まっている」と思い込んで生きてきたのには訳があります。

それは、全ての出来事を運命のせいにすると楽になれるから。

例えば…

・会社で上司に怒られた

・車がぶつけられた

・よくない出来事が続いた

…このような不運が自分に襲いかかっても「今日はこうなる運命だったんだ」と思い込むようにしてたんです。

そうすると、心の中では「仕方がない」という気持ちでまとまり、尾を引くことなく翌日からもスッキリした気持ちで過ごすことが出来ていたんです。

 

しかしながら、「運命は決まっている」というマインドコントロールで乗り切れるのは、些細な日常の出来事にしか過ぎないかもしれませんね。

「運命は決まっている」と考えられなくなる出来事

つい先日、僕は大切な家族とお別れをしました。

それまでは、嫌なことや辛いことがあったら「今日はこうなることが決まってたんだ」「運命だったんだ」でやり過ごしていたのですが、この時ばかりはそのようなマインドコントロールは出来ませんでした。

ただただ思うのは…

「あの時自分がこうしていれば」

…このような後悔の念だけです。

 

周囲の方からも「運命だったんだよ…」と言われましたが、この時ばかりは運命を信じれなかったんです。

僕がこうしていれば…あの時ああしていれば…と、後悔の念ばかり浮かんで「運命」で処理出来ない自分がいるんです。

それは、今までの日常的な「辛いこと」や「嫌なこと」とは比べものにならないほどのショックだったので「運命」で考えられないのは分かります。

 

今まで「運命」を信じて生きてきた自分にとっては「運命とは?」と考えさせられる出来事となってしまいました。

(支離滅裂な文章でごめんなさい)

 「運命」は決まっているのでしょうか?

みなさんは「運命は決まっているもの」だと思いますか?

それとも「運命は決まっていないもの」だと思いますか?

今日転んで足をけがしたのも運命で決まっている、病気が判明して入院してしまったのも運命で決まっている…そう考えてしまえばそれまでになります。

しかし、転んでけがをするのは未然に防げるし、病気にならないように対策も取れます…。

そうなれば「運命は決まっていない」ということにもなりますよね?

 

ですが、結局は事後のことを思い返した結果論になるわけで、結局運命は決まっていると僕は思う訳であります。

 

「人は生まれながらに寿命が決まっている」

 

このように唱える方もいらっしゃいますが、そうなると自分は生まれながらにして「交通事故」「病気」「老衰」でこの世を去ることがすでに決まっている…ということにもとれます。

逆に、そう思っていた方が、そうなった時に楽なのかもしれません。

 

しかしながら、「運命は決まっている」と思っていても「運命は変えられたのかな?」と思うことだってあるわけで…

大切な家族の死は「運命」を疑わざる負えなくなります。

勘を信じれば運命は変わるかも

こんな事言ったら「頭大丈夫?」と思われてしまうかもしれませんが、僕はたまに次のような「勘」が働きます…

・この行動をしたら、結果はこうなるかも…

・この人、これから先このようになるかも…

まぁ、誰しも「予測」を立てて行動するわけですので大まかには事後を予想することが出来るかと思います。

ですが、僕がごく稀に感じる「勘」は未来に起こりえることが見える…と言った感じですね。(皆さんもたまにありますよね?)

 

その中で、僕が今までで感じた「勘」で印象に残っているのが奥さんの流産。

1人目を出産して3年後に2人目を妊娠したんですが、僕は妊娠を聞いた瞬間こう感じたんです…

 

「多分…この子はダメかもしれない」

 

そう、僕は奥さんの妊娠報告で喜んでいた反面「無事に産まれて来てくれないかも」と感じていたんです。

そして、結局は流産になってしまったわけなのですが、しばらくして奥さんに…

「実は、産まれてこないかもしれないって感じてたんだ…」

…と話したら、奥さんも…

「私もそう感じてた…」

…このように言っていました。

 

少し話がそれてしまいましたが、僕が感じたのはこのような「勘」を大切にして行動すると運命は変えられるんじゃないのかな?ということ。

「最悪な結果」を回避出来るんじゃないのかな?ということです。

 

今回は、僕の判断で大切な家族を失ってしまったわけなのですが、その判断をするときも実は「やめたほうがいいかも…もしかしたら命が…」と心の中で感じていました。

あの時、自分の勘通りに決断を下していたら運命は変わっていたと思います。

(※喪った家族は伏せさせていただきますね)

結局は運命通りに生かされている

ここまで「運命は決まっている」「勘を信じれば変えられる」と、二転三転してしまいましたが、結局は運命通りに生かされているんでしょうね。

今日僕が「運命」について考えさせられているのも、これもまた運命であり決まっていたこと。

まぁ、またこうやって運命のせいにして自分の心をマインドコントロールしているんですがね。

 

しかしながら、「運命は決まっているのか?」と考える時は大抵ショックを受けている時か、過去を変えたいと感じているとき。

嬉しいことや楽しいことがあった時なんて、運命を変えたいと思いません。

このような全てのことをトータル的に見てみると、「楽しいこと」と「辛いこと」の比率は半分半分なのかも。

 

なので、結局は折り合いがつくよう「運命通り」に生かされているのかもしれません。

まぁ、そう感じて生きていても「運命は変えられたのかな?」と後悔する出来事が、これからも起こるかと思う今日この頃です。

最後に

先日、大切な家族を失って「運命」について深く考えてしまっていました。

「運命は決まっている?」

「運命は決まっていない」

「運命は変えられる?」

「運命は変えられない」

 

「今日ケガしたのも運命で決まっていたこと」

「今日車に泥水をかけられたのも運命で決まっていたこと」

…そう考えるようにすると、日常的な出来事なら「運命だから仕方がないかぁ」と自分を腑に落ちさせることが出来ますが…

 

「今日家族を失ってしまった…」

…このような悲しみは、「運命だから仕方がないか…」では自分の心を落ち着かせることは出来ません。

 

 

…ここまで運命について色々と考えてみましたが、結局「運命は決まっているのか?」について僕が出せる答えはありませんでした。

ただ、これからも都合のいい時に「運命だから仕方がない」と感じながら生活することでしょう。

 

今回は、そんなマインドコントロールも通用しない出来事に直面し「運命は決まっているのかな?」と考えさせられた…という話でした。

支離滅裂な記事になってしまい申し訳ございません。

 

時の流れのままに生きていきたいと思います。